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●○●スウェーデンボルグ●○●

1 名前: 人間◆/OGylGzw 投稿日:2009/02/24 13:58 ID:Scsc11Go0
スウェーデンボルグについて考えよう!!

スウェーデンボルグ - Google 検索
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=繧鴻c痰сヮ痺繝潟懊ユモー&btnG=罎應S「&lr=

301 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 06:36 ID:vbvTbpjI0
彼女たちの内側から輝くのか、
それとも見る側の憧れが見させるものなのか。
それは天使的なものか、それとも悪魔的なものか。
興味深いテーマだが、よくわからない。
どうなんだろう?
 
金龍については下記を検索してください。
永井朋子 「中国古代の聖獣信仰 ー 龍思想に関する研究」

ざっと読んだが、世界各地の蛇信仰、龍神信仰がわかる。
どうなっているのかと思っていたから、グッドタイミングだった。
それほど長くないのでぜひ一読をすすめたい。
 
リグヴェーダでは、竜を悪と見、インドラ神が竜を退治している。
インドはアーリア人に侵略されたために、龍神信仰が失われたようだ。
西洋では一般に、ドラゴンを悪と見、ドラゴン退治に向かう。
記紀にも、スサノヲの大蛇退治がある。


302 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 06:51 ID:vbvTbpjI0
龍神信仰は、河川の近くで、灌漑農業や漁撈を営んでいる人々に見られる。
BC13〜12世紀には、揚子江の上流にある漢水には、龍蛇を信仰する
伏義族(苗族か?)がいたという。かれらは陰陽説の伏義に由来する。
 
ドラゴン退治は、平原で、天水農業や牧畜を営んでいる人々に見られる。
龍を悪役にするのだが、この立場は龍を信仰する人々との抗争が背景にある
のではないか。まず先に龍を信仰する人々が存在している。
そういう人々と抗争しているから、ドラゴン退治という神話になる。


303 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 06:54 ID:vbvTbpjI0
単なる悪役なら龍である必然性がない。
蛇ならわかるが、現実に存在しない龍である必然性がまったくない。
だから悪役ドラゴンは、借り物のイメージだと思う。
 
では、龍を信じる人々は、龍のイメージをどこから得たのか。
瞑想から。瞑想に龍が登場する。そうでもなければイメージできない。
かれらは瞑想中に、龍を実際に見るからこそ信仰する。
 
そうすると龍神を信仰する人々は、河川の近くで灌漑農業や漁撈を営み、
瞑想をする人々の間から始まったと推測できる。的が絞れてきた。


304 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 17:41 ID:vbvTbpjI0
瞑想の方から逆に見たらもっとはっきりする。
 
暑すぎたら瞑想できない → 熱帯には龍神信仰がない
寒すぎたら瞑想できない → シベリアには龍神信仰がない
多少の経済的余裕が必要 → その余裕を灌漑農業や漁撈が作ったのだが
 余裕ができるなら天水農業や牧畜でもかまわない
 
昔は短命だし、法治国家ではないから、全身全霊で真理を探した。
いつ死ぬかわからないし、いつ殺されるかわからないから。
今は暮らしやすくなったが、精神的には昔の方が深かったかもしれない。


305 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 17:51 ID:vbvTbpjI0
龍を夢に見ることはありえる。
龍の神話を読み、龍のマンガやイラストを目にしたら見るかもしれない。
しかしそれだけだと見るだけで終わる。
 
見るだけならまだいいが、龍ににらまれたら命が縮むだろう。
とぐろ巻く巨大な蛇腹がどっくんどっくんと波打ち、すべてを拒絶する
ような凍りついた目。龍を見たいと思ったことを必ず後悔する。
 
不用意に近づいた者にとっては、ギリシャ神話のメドゥーサに他ならない。
アーリア人にとっては、龍はメドゥーサなのかもしれない。


306 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 18:01 ID:vbvTbpjI0
シヴァ神が首に巻きつけているコプラ
エジプトで神聖視されるコプラ
これらは喉のふくらみが顔を強調しているようだから、
龍神信仰が破壊された後の蛇信仰だろうと思う。
 
龍神信仰なら神社の大きな注連縄になる。そこには顔がない。


307 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 18:21 ID:vbvTbpjI0
アブラハムは「信仰の父」と言われている。
しかし、アブラハムのどこがそう呼ばれているのかと不思議だった。
でも最近わかってきた。イサク奉献の個所だ。
 
それは龍神信仰の核心を伝えている。
まず最初に自分の命を龍神様に捧げる必要がある。それが要求されている。
自分の命を捧げる瞬間、神が動く。山が動く。これが「神風」だ。
 
主の山に備えあり。
神と人間との命のやり取りが奇跡を生む。これが龍神信仰。
信仰の真髄ではないだろうか。

308 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 18:32 ID:vbvTbpjI0
アブラハムの話では、イサク奉献の直後に、神が彼に豊穣を約束している。
創世記22章17節 「あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星の
ように、海辺の砂のように増やそう。」 この部分は豊穣を願う性器崇拝を
思わせる。これもこの話が龍神信仰に関係している証拠だろう。
 
アブラハムは、ユーフラテスの下流、現在のイラク、ウル出身である。
シュメール人がいたメソポタミヤ文明の時代に、イスラエルのカナンの地に
移住する。これからも、龍神信仰を知っていた可能性は非常に高い。
旧約の白眉は、アブラハムの話 > ヤコブの話 > ヨブ記


309 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 18:39 ID:vbvTbpjI0
聖書における蛇や竜のイメージ変化 〜 悪、悪魔
それらを悪と見る、バビロニア帝国の影響があったのではないだろうか。
 
@ 列王記下18章 ・・・ ユダの王、ヒビキヤ、
イスラエル王国の滅亡を契機にした宗教改革、モーセの青銅の蛇を砕く。
 
A ヒビキヤの時代(BC8世紀)を生きたイザヤの預言〜27章
 その日、主は 厳しく、大きく、強い剣をもって 逃げる蛇レビヤタン
 曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し また海にいる竜を殺される
 
B 黙示録の赤いドラゴン 


310 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:01 ID:vbvTbpjI0
創世記4章、カインとアベルの話は謎めいている。
 
兄のカインは、耕作者であり、土の実りを神に捧げる。
弟のアベルは、羊飼いであり、羊の肥えた初子を神に捧げる。
神は、アベルの捧げ物に目を留めるが、カインの捧げ物を無視する。
その結果、カインは激しく怒り、アベルを殺してしまう。
 
ここで問題は、神がアベルの捧げ物に目を留めた理由だ。
神は羊飼いが好きなのか。それとも肉食なのか。そんなことはないだろう。
しかし龍神信仰で見れば謎が解ける。神との関係は命のやり取り。
土の実りでは命のやり取りにならないからだ。

311 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:04 ID:vbvTbpjI0
人間と神、龍との関係は「命のやり取り」にある。
この思いは、生贄文化として聖書の根底に一貫して流れている。
イエスは人類の生贄だろう。日本にも人柱文化がある。
 
どれも龍神信仰に由来するが、では「命のやり取り」とは具体的に何か。
生贄や人柱に目を留めるだろうが、神はそれらを喜ばないと思う。
もっともっと自分自身に引き付けないといけない。
 
無機質で無表情な龍が、なぜ神に仕えているのか。
神が底抜けに龍を愛するからだろう。人間に要求されているのは、
龍に対する神の如き愛ではないだろうか。君にできるか?

312 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:09 ID:vbvTbpjI0
唐突に失礼。「逆転の序曲 龍神伝説編」を読んでいてちょっと。
蛇はウロボロスの円環を成し、死と再生を意味する。
白蛇、蛇神ミシャグジーは2012年にゲーム内で死んだ。生と死の逆転である。
白蛇はネアンデルタール人である。
そのネアンデルタール人が死んだということは何を意味するのか。
彼女がなぜ蛇神なのか。それは彼女のまわりにいる人間達が蛇だからである。
彼女が蛇神であるならば、現実界の蛇信仰、龍神信仰をそのまま取り入れることができる。
蛇神ミシャグジーは、どういうわけだか自身の死に際を誰にもみせたがらなかった。

龍神の死、蛇の死は何を意味するのか?龍神が死ぬことなんてあるのだろうか?
蛇というものは死ぬものではなく脱皮するものではなかろうか?

いや、龍神である以前に、神が死んだんだ。
神様の死だ。人々から崇められていた、神様の死だ。
そもそも、神様というものは生きているのか?
なぜ神様に生死というものがあるのか?


313 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:14 ID:vbvTbpjI0
神が死ぬことはありえない。神は「永遠の命であり、
黙示録4章に「かっておられ、今おられ、やがて来られる方」とある。
神が死ぬとしたら、この宇宙が滅びる時ではないだろうか。
 
神は死んだと言うのは、人間がそう言うだけであって、
神への信仰を見失ったとか、神への信仰を見捨てたという内容ではないか。
言葉のインパクトを計算した巧妙な言い方だと思う。

欧米の物質文明が世界を支配し、無信仰者が増えてきたのは事実。
しかし世界の大多数は、多かれ少なかれ、神を信じながら生きている。
こんな時代に、神を信じている方がむしろ不思議なくらい。


314 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:32 ID:vbvTbpjI0
神がいるのだから龍神もいる。
人間の勝手な思いが、神や龍神を生かしたり殺したりもする。
 
イエスをキリストに祭り上げるパウロ教は、神殺しが隠されたテーマ
ではないかと疑っている。信者は磔刑具を拝んでいるし、
信者たちへの仕組まれた呪いを直感する。
 
ここで「信仰」そのものを問題にしたい。
あなたがたが信じている事柄は、あなたがたが体験して確認したのか。
だれかの言うがままに、頭から信じているだけなのか。
後者ならそれは、「洗脳」に過ぎない。


315 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:45 ID:vbvTbpjI0
たとえば支配者が、龍神を実際に見たら、
それを民衆に理解させようとして、龍に似た蛇を示すかもしれない。
そうすると龍神信仰と蛇信仰は別の信仰になるだろう。
 
龍神信仰 ・・・ 体験に基づいた事実
蛇信仰 ・・・ 支配者を信じただけの「洗脳」に過ぎない
 
この違いにもっと注目すべきかもしれない。
龍神信仰の支配者はいいが、見た目の蛇信仰に流れる民衆は愚民化する。
その結果、蛇信仰という「洗脳」によって現実が見えなくなる。
パウロ教で磔刑具を拝むのと似たような構図だ。


316 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 19:59 ID:vbvTbpjI0
信仰という行為は大別して二種類ある。
 
@ 体験信仰 ・・・ 自分の体験に基づく信仰であり、
宗教の開祖(釈迦、アブラハム、パウロ、ムハンマドなど)がこれにあたる。
既成の宗教を参考にしても、その骨格は自分の体験である。
 
A 洗脳信仰 ・・・ 既成の宗教、他人の教えに基づく信仰であり、
その真偽を体験によって十分に確かめていない。思い込み。
宗教の弊害は洗脳宗教に由来している。


317 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:02 ID:vbvTbpjI0
洗脳信仰はもう終わりにしよう。 
 
洗脳信仰は、停滞と退廃の原因ではないだろうか。
中国やイスラムやインドの停滞や退廃には洗脳信仰が関係している。
西洋でも、洗脳信仰による暗黒の中世が存在する。
 
磔刑具をうっとり拝む信者に、支配者の笑いが止まらない。
蛇や性器を拝む信者に、支配者の笑いが止まらない。
人間はあまりにだまされやすい。これは悲劇ではないのか。
 
イエスはキリストではない。蛇や性器は龍神ではない。
人間はこんなこともわからなくなる。

318 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:07 ID:vbvTbpjI0
洗脳信仰の場合は、それが洗脳だと気がつけば、洗脳から解放される。
それは簡単ではないが、そのチャンスがないわけではない。
 
キリスト教の場合は、15世紀のルネサンス、16世紀の宗教改革で
地ならしがされ、ニーチェ(1844〜1900)が「神の死」を宣言する。
これが無視できない潮流になるのは、第一次、第二次の大戦を経た
1960年代からだろう。
 
この潮流は、政治権力と癒着した、キリスト教という強力な洗脳から
解放されただけである。神が実際に死んだわけではない。


319 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:10 ID:vbvTbpjI0
これに対して体験信仰は、何らかの神秘体験が信仰の原点にある。
そのため、周囲に左右されないし、確かな信念によって裏打ちされている。
その信念は、より深い神秘体験をしない限り変わらないだろう。
 
無神論者、現実主義者は、神秘体験をするまで決して信仰しない。
信仰や宗教においては、これが正しい態度だと思う。
 
ヨハネ福音書20章29節 〜 イエスはトマスに言われた。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである。」
→ これは洗脳信仰のススメ。だまされてはいけない。


320 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:16 ID:vbvTbpjI0
世界各地で、龍神信仰が失われた理由がわかった。
 
中央アジアにいたアーリア人が、インド、メソポタミア、エジプト
へと進出することで失われて行く。なぜならアーリア人は、
神も龍神も知らないからであり、龍神信仰を理解できないからだ。
 
それは現代も同じ。白人系人種は神にも龍神にも縁がない。
キリスト教は、旧約聖書を土台に成立している。、
しかしそれは、ローマに強制されただけの、洗脳信仰でしかない。
 
洗脳から解放されたら、弱肉強食の無神論に戻るしかない。
それが白人系人種のメンタリティーなのだ。


321 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:55 ID:vbvTbpjI0
白人系人種は、翼がないのに、空を飛行する龍がイメージできない。
その代わり、翼のある鳥や馬や、翼のある天使をイメージする。
かれらは基本的に現実主義者なのだろう。
  
イザヤは6章で、神の座の周囲に6つの翼を持つセラフィムを見る。
しかし27章で、神はレビヤタンを罰し、海の竜を殺すとも言っている。
 
これらから、神の周囲にいるのは、竜あるいはレビヤタンではなく、
翼のあるセラフィムであることがわかる。しかしセラフィムは
もともと蛇を意味するから、竜やレビヤタンを完全な悪役にはしていない。
翼のあるセラフィムは、ユダヤ系とアーリア系の妥協なのかもしれない。


322 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 20:58 ID:vbvTbpjI0
ヒンズー教のヴィシュヌ信仰がこれとよく似ている。
ヴィシュヌは大蛇の上に横たわり、ガルダ(金翅鳥)に乗って空を飛行する。
このガルダは、足で頭と尻尾を押さえ、クチバシで蛇や竜を食いちぎる。
ガルダによって、ヴィシュヌでは蛇信仰や性器崇拝が影をひそめる。
 
翼のあるセラフィムとドラゴン、ガルダと大蛇などは、
先住民に対するアーリア人のイメージ戦略だったのかもしれない。
支配と被支配の関係を背景に、それが功を奏している。
龍神信仰などがいかに破壊されたのかがよくわかる。


323 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 21:09 ID:vbvTbpjI0
シヴァ系で性器崇拝が生き残っているのは、
カースト制度の、ヴァルナ(職業の世襲)やジャーティ(内婚集団)による
差別の細分化が関係しているのかもしれない。
 
自分たちの仲間を増やすことが自分たちの繁栄につながる。
インド全体では人口を抑制すべきだが、細分化されたカーストの中では
産めよ増やせよが常識になる。その常識が性器崇拝を支持する。
 
シヴァ系は中下層が多いという。
インドの人口増加はまだまだ続くことだろう。


324 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/08 21:13 ID:vbvTbpjI0
ウロボロス 
  
自分の尻尾を飲み込む蛇がいるかどうかは疑問だが、
自分の尻尾を追いかける犬がいるから、まったくないとも言い切れない。
蛇の場合、いったん飲み込んだら吐き出せない。〜 牙が邪魔する。
ウロボロスは死ぬ運命にある。
 
ウロボロスをどう解釈するかは、その立場によって異なると思う。
どれが正しくて、どれが間違っているというわけではない。
個人的にはそれを、無とか虚無に感じる。


325 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:14 ID:vbvTbpjI0
神様も龍神様も幽霊も人間も動物も、
その顔(特に目)が問題になのは、その顔を見れば、
それが何であり、何を言いたいのかがすぐにわかるから。
 
だから神様も龍神様も高級霊も決して顔を見せない。
イスラム世界でムハンマドの顔がのっぺりして何も描かれないのは、
実際、高級霊の顔はそのようになっているから。
 
高級霊を見たが、顔だけがのっぺりしていて何もない。
神様は甘露だけで姿を見せないし、龍神様も決して顔を見せない。
たぶんその顔を見たら殺される。

326 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:17 ID:BFDNI0No0
彼女たちの内側から輝くのか、
それとも見る側の憧れが見させるものなのか。
それは天使的なものか、それとも悪魔的なものか。
興味深いテーマだが、よくわからない。
どうなんだろう?
 
金龍については下記を検索してください。
永井朋子 「中国古代の聖獣信仰 ー 龍思想に関する研究」


327 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:20 ID:BFDNI0No0
ざっと読んだが、世界各地の蛇信仰、龍神信仰がわかる。
どうなっているのかと思っていたから、グッドタイミングだった。
それほど長くないのでぜひ一読をすすめたい。
 
リグヴェーダでは、竜を悪と見、インドラ神が竜を退治している。
インドはアーリア人に侵略されたために、龍神信仰が失われたようだ。
西洋では一般に、ドラゴンを悪と見、ドラゴン退治に向かう。
記紀にも、スサノヲの大蛇退治がある。


328 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:29 ID:BFDNI0No0
龍神信仰は、河川の近くで、灌漑農業や漁撈を営んでいる人々に見られる。
BC13〜12世紀には、揚子江の上流にある漢水には、龍蛇を信仰する
伏義族(苗族か?)がいたという。かれらは陰陽説の伏義に由来する。
 
ドラゴン退治は、平原で、天水農業や牧畜を営んでいる人々に見られる。
龍を悪役にするのだが、この立場は龍を信仰する人々との抗争が背景にある
のではないか。まず先に龍を信仰する人々が存在している。
そういう人々と抗争しているから、ドラゴン退治という神話になる。


329 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:37 ID:BFDNI0No0
単なる悪役なら龍である必然性がない。
蛇ならわかるが、現実に存在しない龍である必然性がまったくない。
だから悪役ドラゴンは、借り物のイメージだと思う。
 
では、龍を信じる人々は、龍のイメージをどこから得たのか。
瞑想から。瞑想に龍が登場する。そうでもなければイメージできない。
かれらは瞑想中に、龍を実際に見るからこそ信仰する。
 
そうすると龍神を信仰する人々は、河川の近くで灌漑農業や漁撈を営み、
瞑想をする人々の間から始まったと推測できる。的が絞れてきた。


330 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:45 ID:BFDNI0No0
瞑想の方から逆に見たらもっとはっきりする。
 
暑すぎたら瞑想できない → 熱帯には龍神信仰がない
寒すぎたら瞑想できない → シベリアには龍神信仰がない
多少の経済的余裕が必要 → その余裕を灌漑農業や漁撈が作ったのだが
 余裕ができるなら天水農業や牧畜でもかまわない
 
昔は短命だし、法治国家ではないから、全身全霊で真理を探した。
いつ死ぬかわからないし、いつ殺されるかわからないから。
今は暮らしやすくなったが、精神的には昔の方が深かったかもしれない。


331 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:50 ID:BFDNI0No0
龍を夢に見ることはありえる。
龍の神話を読み、龍のマンガやイラストを目にしたら見るかもしれない。
しかしそれだけだと見るだけで終わる。
 
見るだけならまだいいが、龍ににらまれたら命が縮むだろう。
とぐろ巻く巨大な蛇腹がどっくんどっくんと波打ち、すべてを拒絶する
ような凍りついた目。龍を見たいと思ったことを必ず後悔する。
 
不用意に近づいた者にとっては、ギリシャ神話のメドゥーサに他ならない。
アーリア人にとっては、龍はメドゥーサなのかもしれない。


332 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 00:58 ID:BFDNI0No0
シヴァ神が首に巻きつけているコプラ
エジプトで神聖視されるコプラ
これらは喉のふくらみが顔を強調しているようだから、
龍神信仰が破壊された後の蛇信仰だろうと思う。
 
龍神信仰なら神社の大きな注連縄になる。そこには顔がない。


333 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:08 ID:BFDNI0No0
アブラハムは「信仰の父」と言われている。
しかし、アブラハムのどこがそう呼ばれているのかと不思議だった。
でも最近わかってきた。イサク奉献の個所だ。
 
それは龍神信仰の核心を伝えている。
まず最初に自分の命を龍神様に捧げる必要がある。それが要求されている。
自分の命を捧げる瞬間、神が動く。山が動く。これが「神風」だ。
 
主の山に備えあり。
神と人間との命のやり取りが奇跡を生む。これが龍神信仰。
信仰の真髄ではないだろうか。


334 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:11 ID:XWFOwkds0
アブラハムの話では、イサク奉献の直後に、神が彼に豊穣を約束している。
創世記22章17節 「あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星の
ように、海辺の砂のように増やそう。」 この部分は豊穣を願う性器崇拝を
思わせる。これもこの話が龍神信仰に関係している証拠だろう。
 
アブラハムは、ユーフラテスの下流、現在のイラク、ウル出身である。
シュメール人がいたメソポタミヤ文明の時代に、イスラエルのカナンの地に
移住する。これからも、龍神信仰を知っていた可能性は非常に高い。
旧約の白眉は、アブラハムの話 > ヤコブの話 > ヨブ記


335 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:14 ID:BFDNI0No0
聖書における蛇や竜のイメージ変化 〜 悪、悪魔
それらを悪と見る、バビロニア帝国の影響があったのではないだろうか。
 
@ 列王記下18章 ・・・ ユダの王、ヒビキヤ、
イスラエル王国の滅亡を契機にした宗教改革、モーセの青銅の蛇を砕く。
 
A ヒビキヤの時代(BC8世紀)を生きたイザヤの預言〜27章
 その日、主は 厳しく、大きく、強い剣をもって 逃げる蛇レビヤタン
 曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し また海にいる竜を殺される
 
B 黙示録の赤いドラゴン 

336 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:17 ID:BFDNI0No0
創世記4章、カインとアベルの話は謎めいている。
 
兄のカインは、耕作者であり、土の実りを神に捧げる。
弟のアベルは、羊飼いであり、羊の肥えた初子を神に捧げる。
神は、アベルの捧げ物に目を留めるが、カインの捧げ物を無視する。
その結果、カインは激しく怒り、アベルを殺してしまう。
 
ここで問題は、神がアベルの捧げ物に目を留めた理由だ。
神は羊飼いが好きなのか。それとも肉食なのか。そんなことはないだろう。
しかし龍神信仰で見れば謎が解ける。神との関係は命のやり取り。
土の実りでは命のやり取りにならないからだ。

337 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:20 ID:BFDNI0No0
人間と神、龍との関係は「命のやり取り」にある。
この思いは、生贄文化として聖書の根底に一貫して流れている。
イエスは人類の生贄だろう。日本にも人柱文化がある。
 
どれも龍神信仰に由来するが、では「命のやり取り」とは具体的に何か。
生贄や人柱に目を留めるだろうが、神はそれらを喜ばないと思う。
もっともっと自分自身に引き付けないといけない。
 
無機質で無表情な龍が、なぜ神に仕えているのか。
神が底抜けに龍を愛するからだろう。人間に要求されているのは、
龍に対する神の如き愛ではないだろうか。君にできるか?


338 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 01:23 ID:BFDNI0No0
唐突に失礼。「逆転の序曲 龍神伝説編」を読んでいてちょっと。
蛇はウロボロスの円環を成し、死と再生を意味する。
白蛇、蛇神ミシャグジーは2012年にゲーム内で死んだ。生と死の逆転である。
白蛇はネアンデルタール人である。
そのネアンデルタール人が死んだということは何を意味するのか。
彼女がなぜ蛇神なのか。それは彼女のまわりにいる人間達が蛇だからである。
彼女が蛇神であるならば、現実界の蛇信仰、龍神信仰をそのまま取り入れることができる。
蛇神ミシャグジーは、どういうわけだか自身の死に際を誰にもみせたがらなかった。

龍神の死、蛇の死は何を意味するのか?龍神が死ぬことなんてあるのだろうか?
蛇というものは死ぬものではなく脱皮するものではなかろうか?

いや、龍神である以前に、神が死んだんだ。
神様の死だ。人々から崇められていた、神様の死だ。
そもそも、神様というものは生きているのか?
なぜ神様に生死というものがあるのか?


339 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:21 ID:BFDNI0No0
神が死ぬことはありえない。神は「永遠の命であり、
黙示録4章に「かっておられ、今おられ、やがて来られる方」とある。
神が死ぬとしたら、この宇宙が滅びる時ではないだろうか。
 
神は死んだと言うのは、人間がそう言うだけであって、
神への信仰を見失ったとか、神への信仰を見捨てたという内容ではないか。
言葉のインパクトを計算した巧妙な言い方だと思う。

欧米の物質文明が世界を支配し、無信仰者が増えてきたのは事実。
しかし世界の大多数は、多かれ少なかれ、神を信じながら生きている。
こんな時代に、神を信じている方がむしろ不思議なくらい。


340 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:24 ID:BFDNI0No0
神がいるのだから龍神もいる。
人間の勝手な思いが、神や龍神を生かしたり殺したりもする。
 
イエスをキリストに祭り上げるパウロ教は、神殺しが隠されたテーマ
ではないかと疑っている。信者は磔刑具を拝んでいるし、
信者たちへの仕組まれた呪いを直感する。
 
ここで「信仰」そのものを問題にしたい。
あなたがたが信じている事柄は、あなたがたが体験して確認したのか。
だれかの言うがままに、頭から信じているだけなのか。
後者ならそれは、「洗脳」に過ぎない。


341 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:27 ID:BFDNI0No0
たとえば支配者が、龍神を実際に見たら、
それを民衆に理解させようとして、龍に似た蛇を示すかもしれない。
そうすると龍神信仰と蛇信仰は別の信仰になるだろう。
 
龍神信仰 ・・・ 体験に基づいた事実
蛇信仰 ・・・ 支配者を信じただけの「洗脳」に過ぎない
 
この違いにもっと注目すべきかもしれない。
龍神信仰の支配者はいいが、見た目の蛇信仰に流れる民衆は愚民化する。
その結果、蛇信仰という「洗脳」によって現実が見えなくなる。
パウロ教で磔刑具を拝むのと似たような構図だ。


342 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:31 ID:BFDNI0No0
信仰という行為は大別して二種類ある。
 
@ 体験信仰 ・・・ 自分の体験に基づく信仰であり、
宗教の開祖(釈迦、アブラハム、パウロ、ムハンマドなど)がこれにあたる。
既成の宗教を参考にしても、その骨格は自分の体験である。
 
A 洗脳信仰 ・・・ 既成の宗教、他人の教えに基づく信仰であり、
その真偽を体験によって十分に確かめていない。思い込み。
宗教の弊害は洗脳宗教に由来している。


343 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:38 ID:BFDNI0No0
洗脳信仰はもう終わりにしよう。 
 
洗脳信仰は、停滞と退廃の原因ではないだろうか。
中国やイスラムやインドの停滞や退廃には洗脳信仰が関係している。
西洋でも、洗脳信仰による暗黒の中世が存在する。
 
磔刑具をうっとり拝む信者に、支配者の笑いが止まらない。
蛇や性器を拝む信者に、支配者の笑いが止まらない。
人間はあまりにだまされやすい。これは悲劇ではないのか。
 
イエスはキリストではない。蛇や性器は龍神ではない。
人間はこんなこともわからなくなる。


344 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:41 ID:BFDNI0No0
洗脳信仰の場合は、それが洗脳だと気がつけば、洗脳から解放される。
それは簡単ではないが、そのチャンスがないわけではない。
 
キリスト教の場合は、15世紀のルネサンス、16世紀の宗教改革で
地ならしがされ、ニーチェ(1844〜1900)が「神の死」を宣言する。
これが無視できない潮流になるのは、第一次、第二次の大戦を経た
1960年代からだろう。
 
この潮流は、政治権力と癒着した、キリスト教という強力な洗脳から
解放されただけである。神が実際に死んだわけではない。


345 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:44 ID:BFDNI0No0
これに対して体験信仰は、何らかの神秘体験が信仰の原点にある。
そのため、周囲に左右されないし、確かな信念によって裏打ちされている。
その信念は、より深い神秘体験をしない限り変わらないだろう。
 
無神論者、現実主義者は、神秘体験をするまで決して信仰しない。
信仰や宗教においては、これが正しい態度だと思う。
 
ヨハネ福音書20章29節 〜 イエスはトマスに言われた。
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである。」
→ これは洗脳信仰のススメ。だまされてはいけない。


346 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 14:48 ID:BFDNI0No0
世界各地で、龍神信仰が失われた理由がわかったぞ。
 
中央アジアにいたアーリア人が、インド、メソポタミア、エジプト
へと進出することで失われて行く。なぜならアーリア人は、
神も龍神も知らないからであり、龍神信仰を理解できないからだ。
 
それは現代も同じ。白人系人種は神にも龍神にも縁がない。
キリスト教は、旧約聖書を土台に成立している。、
しかしそれは、ローマに強制されただけの、洗脳信仰でしかない。
 
洗脳から解放されたら、弱肉強食の無神論に戻るしかない。
それが白人系人種のメンタリティーなのだ。


347 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 19:10 ID:BFDNI0No0
白人系人種は、翼がないのに、空を飛行する龍がイメージできない。
その代わり、翼のある鳥や馬や、翼のある天使をイメージする。
かれらは基本的に現実主義者なのだろう。
  
イザヤは6章で、神の座の周囲に6つの翼を持つセラフィムを見る。
しかし27章で、神はレビヤタンを罰し、海の竜を殺すとも言っている。
 
これらから、神の周囲にいるのは、竜あるいはレビヤタンではなく、
翼のあるセラフィムであることがわかる。しかしセラフィムは
もともと蛇を意味するから、竜やレビヤタンを完全な悪役にはしていない。
翼のあるセラフィムは、ユダヤ系とアーリア系の妥協なのかもしれない。


348 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 19:22 ID:BFDNI0No0
ヒンズー教のヴィシュヌ信仰がこれとよく似ている。
ヴィシュヌは大蛇の上に横たわり、ガルダ(金翅鳥)に乗って空を飛行する。
このガルダは、足で頭と尻尾を押さえ、クチバシで蛇や竜を食いちぎる。
ガルダによって、ヴィシュヌでは蛇信仰や性器崇拝が影をひそめる。
 
翼のあるセラフィムとドラゴン、ガルダと大蛇などは、
先住民に対するアーリア人のイメージ戦略だったのかもしれない。
支配と被支配の関係を背景に、それが功を奏している。
龍神信仰などがいかに破壊されたのかがよくわかる。



349 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 19:37 ID:BFDNI0No0
シヴァ系で性器崇拝が生き残っているのは、
カースト制度の、ヴァルナ(職業の世襲)やジャーティ(内婚集団)による
差別の細分化が関係しているのかもしれない。
 
自分たちの仲間を増やすことが自分たちの繁栄につながる。
インド全体では人口を抑制すべきだが、細分化されたカーストの中では
産めよ増やせよが常識になる。その常識が性器崇拝を支持する。
 
シヴァ系は中下層が多いという。
インドの人口増加はまだまだ続くことだろう。


350 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 19:45 ID:BFDNI0No0
ウロボロス 
  
自分の尻尾を飲み込む蛇がいるかどうかは疑問だが、
自分の尻尾を追いかける犬がいるから、まったくないとも言い切れない。
蛇の場合、いったん飲み込んだら吐き出せない。〜 牙が邪魔する。
ウロボロスは死ぬ運命にある。
 
ウロボロスをどう解釈するかは、その立場によって異なると思う。
どれが正しくて、どれが間違っているというわけではない。
個人的にはそれを、無とか虚無に感じる。


351 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:05 ID:BFDNI0No0
死と復活には二義ある
 
@ ひとつは、人間が神を見失い、神を見捨てるケースであり、
その人間にとっては神と龍神がいなくなる。永遠に死ぬ。
これがウロボロスであり、世界は沈黙し、世界は無と虚無に服する。
神と龍神がいなければ復活もありえない。
    
A もうひとつは、神から人間を見る立場であり、
人間が「精神的に死ぬ」ことで、その人間は神と龍神に出会い復活する。
復活があるのは、このケースではないだろうか。
神や龍神がいるから復活する。


ややこしいのは、@を通過しないと、Aに至れないことだろう。
 
人間は火と水の試練を受けなければならない。
それまでは食欲と性欲の獣であり、露骨に表現すれば蛇じゃないかと。
これが蛇信仰の本当の意味なのかもしれない。
   
いったんどん底に落ち、死んでしまうぐらい打ちのめされないと
目が覚めない。復活しない。

352 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:22 ID:BFDNI0No0
信じれば救われると言うが、これは落とし穴のようなもの。
既成の宗教を信じたら、その宗教に洗脳され、復活の門は閉ざされる。
救われたような気分だけで、せっかくの人生を夢にしてしまう。
 
既成の宗教を信じているなら、まずその信仰を捨てなければならない。
そして@ウロボロスのようになる。これが正しい出発点であり、
あきらめずに求め続けたら、A復活の門が開かれる。
 
こういうことは実際に体験しないとわからない。
その点、無や空を信じる仏教徒は有利。実際の生活で菩薩道を歩み、
無や空を確認するだけだ。ただし自己責任でお願いします。



353 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:30 ID:BFDNI0No0
漢民族にも龍神信仰(道教)がある。しかし蛇信仰は聞かない。
 
その理由 ・・・ 龍という言葉がない時代に龍を見たなら、
蛇のような生き物だったと表現するしかない。それを聞いて信じる場合、
龍神信仰と蛇信仰が同時に生じるのが自然だろう。
 
それなのに、龍神信仰だけで、蛇信仰が欠けている。
これは龍が漢民族のオリジナルでなかったから。
たぶん、長江流域にいた苗族の龍イメージがベースにある。
 
漢民族は、龍という言葉を発明することで、龍と蛇を区別した。
それによって蛇信仰を排除することができたのだと思う。


354 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:33 ID:BFDNI0No0
日本人の場合、漢民族の龍をイメージするだろう。
漫画や動画でいつも、漢民族の龍を見せられているから。
角があり、耳があり、目は恐ろしく、ヒゲがあり、胴体は蛇・・・
 
残念だが、このイメージは間違っている。
龍の顔を見ることはできないし、胴体は蛇のようだが蛇ではない。
なめらかな鋼鉄のようであり、無機質、無表情であり、
ぬくもりというものがまったくない。足も鱗も背びれもない。
大きさは自在に変化し、翼がないのに空を飛ぶ。
 
龍を顔を見せない。たぶん龍の顔を見てはいけないのだろう。
イザヤ6章のセラフィムもその翼で顔を隠している。


355 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:36 ID:BFDNI0No0
漢民族の龍神信仰には、命のやり取りのような切迫感がなく、
形だけのニセモノだと言っていいだろう。強そうだろ、ありがたそうだろ、
拝めば御利益があるよ、という信仰は全部ニセモノ。

漢民族と白人系種族の共通点は、現実主義者ということだろうか。
かれらは神様や龍神様を知らない。知ることができない。


356 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 20:57 ID:BFDNI0No0
日本人は蛇を気味悪がって基本的に食べない。
その思いには、蛇を他の生物と区別する感情が隠されている。
無意識に蛇の祟りを恐れている。これが蛇信仰の名残り。
 
食材として蛇を食べるなら、そこにはたぶん蛇信仰がない。
漢民族がその典型的な事例だろう。
 
日本人もマムシ酒を飲む? しかしこれは、精力絶倫への憧れであり、
蛇信仰に重なる性器崇拝のテリトリーではないか。


357 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:00 ID:BFDNI0No0
日本人の蛇信仰には稲作が深く関係している。
稲作にとってネズミは敵だが、蛇はこのネズミをエサにする。
 
稲作は湿地帯で行われるから周囲に蛇がいる。
そのため、蛇を有り難く感じ、大切にしたのではないだろうか。
普通、蛇に近づき過ぎなければ、蛇の方から人間を襲うことはない。
敬して遠ざけるが、蛇との関係だったと思われる。
 
昔はネコがいなかったし、蛇はネコよりも有能なハンターだろう。
それ以外にも、蛇の生態には数々の驚くべき事実がある。
日本人は蛇に対し、恐怖感と同時に、神秘的な思いも抱いて来た。


358 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:03 ID:BFDNI0No0
もうひとつは、蛇が強さのシンボルになったことか。 
シヴァの首にいるコプラは、シヴァの強さを表現している。
 
しかし、稲作における共存、強さのシンボルだけではまだ信仰にならない。
蛇を信仰するには、蛇を信仰すれば御利益があるという関係、
蛇と人間との間に「契約」がなければならない。
 
蛇崇拝を信仰に高めたのが、龍神様の登場だろうと思う。

龍神信仰の核心はアブラハムのイサク奉献にある。
神様、龍神様に近づくには、自分の命を捨てなければならない。
死装束をつけ、精神的に死んでいる必要がある。
  
 シェマ 申命記6章4〜5節
 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。
 あなたは心を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
 
アブラハムの心は、息子イサクの側にあり、精神的に死んでいる。
御利益も見返りもないのに自分から命を捧げる。
これが真の信仰として数えられる。


359 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:06 ID:BFDNI0No0
主の山に備えあり(創世記22章14節)
 
自分の命を捧げるような信仰があれば、
神が即座に介入してくる。ご利益、見返りという現象が起こる。
これが神の「契約」だと言っていい。
 
まず最初に死を受け入れる。そして命を捧げるほど神を愛する。
そうすれば神があなたに必要なものを備えてくれる。
必要なもの 〜 これを備えてくれる。あなたは復活できる。
 
真の信仰があれば、奇跡は今も起こる。


360 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:15 ID:BFDNI0No0
龍神信仰で注意すること
 
@ ご利益→信仰は ×
御利益信仰はニセモノであって有害
 
A 自分の命を捧げる→○  他人の命や動物の命→×
イサク奉献にも原因があるが、自分の命にしないと真の信仰にならない。
実際、生贄や人柱という悪魔的なものに転倒してしまった。
 
B 龍神信仰には安易に手を出さない 
命のやり取りをする龍神信仰はきつい。その前に死ぬことを学ぶ。


361 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:21 ID:BFDNI0No0
神が龍を愛するから、龍は神に仕えている。
龍の背中は、無機質であり無表情であり鋼鉄のようである。
その龍が神の愛に答える。
 
しかし人間が近づいても、どんなに拝もうが無慈悲に無視され、
咬みつかれ、絞められ、やがて呑み込まれてしまう。
なぜだ? 人間の愛にはエゴが残っているから。
 
このエゴを完全に捨てないと不可能。神の愛が要求されているのだ。
神様が自慢しているよ。龍(レビヤタン)は神の傑作だと。
神界は、神の傑作・龍によって守られている。


362 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:24 ID:BFDNI0No0
ではどうしたらいい? → エゴを捨てたらいい。
しかしそれができないし、かりにできたとしても、エゴを捨てられたか
どうかもわからない。打つ手がないではないか。
 
心配無用。そういった状態にあれば、龍の方からやって来る。
その人間が本物かどうか、その人間を驚かさないように気を使いながら
そぉーと試みる。龍神様をだますことはできない。
 
龍は最初から姿を見せない。最後の最後で姿を見せる。
だから人間も、最初から龍神様に手をださないように気をつけよう。
うっかり手を出すと咬みつかれるぞ。


363 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:50 ID:BFDNI0No0
>龍ってどうぶつですか?


龍は霊的な生き物で、地上に生まれることはなく、霊界生き通しです。
顔はわかりませんが、胴体は蛇に似ています。ぬくもりがなく、
何を考えているかわからない点も蛇に似てますね。
 
龍は、変身の術や分身の術を使いながら、瞑想や夢の中に登場します。


364 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 21:55 ID:BFDNI0No0
龍は三途の川に住んでいる
 
龍に出会うには「精神的に死ぬ」必要がある。
このことから龍は、生死の境界にいることが想像できる。
生死の境界とは三途の川である。
 
龍は神界を守っている。であれば神界は三途の川の近くにある。
たぶん三途の川の上空に神界がある。

365 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 22:04 ID:BFDNI0No0
人間が精神的に死に、神のような愛で龍に接したら、龍は人間に仕えます。
その意味では人間より下になります。しかし人間にエゴがあるなら、
人間を地獄へと導くサタンのように思えるかもしれない。
この場合、人間はサタンの手下になります。


366 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 22:07 ID:BFDNI0No0
龍のイメージはどこから来たのだろう?
個人的には夢か瞑想だと思ったが、実際には大麻などが関係しているかも。
伊勢のお守りは神宮「大麻」になってるね。
 
夢なら一富士・二鷹・三茄子などと言うが、どれも見たことがない。
ましてや蛇の夢など。それに蛇の夢など見たくもない。
それが瞑想で龍神を見てから、蛇(龍神?)の夢を見るようになったよ。
 
夢や瞑想だと龍に出会うのはきわめて困難だが、
もしかすると大麻などの薬物で、龍神を容易に見るのではないかと。
夢や瞑想のほかに、もうひとつ薬物の道がありそうだね。


367 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 22:15 ID:BFDNI0No0
大麻などの薬物 ・・・ これが蛇信仰や龍神信仰のベース?
だとすれば、こういった信仰が大昔に大流行した謎が解けるかもしれない。
夢や瞑想では至難の業、これだけで大流行するはずがない。
 
では夢や瞑想と、大麻などの違いは何か。
夢や瞑想では、龍を見下ろし、龍の顔を見ない。これに対し
大麻などの場合は、たぶん龍を見上げ、龍の顔を見るのではないか。
どっちにしても、地を這わないのが龍のしるし。
 
龍に乗るのがベストだが >>699
7歳頃なら、アニメ日本昔話の影響かもしれないね。

7歳までにリアルな龍の姿自体見た覚えがないのにかかわらず
現実そのものの鱗の質感まで味わった
背の真ん中あたりで飛行中だから雲やら風やらで顔は視認できなかったけどすぐに状況はわかった
最後に振り落されて落下中一瞬死ぬと思ったが普通に着地して、見上げたら引っ越ししてきた家の前だった


368 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/09 22:34 ID:BFDNI0No0
中国の苗(ミャオ)族はいったい何なん? 
納豆、味噌、醤油、餅つき、稲作、棚田、高床式の住居、歌垣などなど
日本人そっくりじゃないか。顔までそっくり。
 
やっぱり長江文明の担い手は日本人だったね。
日本人のルーツは中国大陸にある。
揚子江流域、あの土地は日本人が支配していた土地だったんだね。

それに苗族は精霊信仰だと。日本人もそうだよ。
やっと腑に落ちた。久しぶりだね、祖先と父母と兄弟姉妹たち(^^)
懐かしいなあ。しばらくは同胞との再会を味わいたい。


369 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:23 ID:XWFOwkds0
普通は龍の背に乗る夢など見ないし、見れない。
なぜそんな夢を見たのだろうか。
 
落ちた場所に引っ越しした家があったと言うのはヒント。
引っ越しは子供心に死を意味したのかも。それで龍に出会ってしまうが、
龍神様はまだ死んではいかん、と言う意味で落としたのかも。
 
あなたは龍神様に守られていると思う。
いい話をありがとう。
中島みゆきの 「銀の龍の背に乗って」をどうぞ(^^)



370 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:27 ID:DLVlsxsE0
わたしの場合は、30歳ごろの瞑想で龍を見たよ。
龍の背中、その真ん中あたりに乗っているが、龍の頭がまるで見えない。
空は透き通るような青空なのに。
 
龍は三途の川の上で、川に沿った形で動かなくなった。
わたしは・・・なんで向こう岸に行かない、行け行けと龍に言ってる。
それなのに龍は空中で停止。そのじれったさで瞑想が終了。
 
龍に乗ったままで瞑想が終わってしまった。
わたしはひたすら向こう岸を見ていたせいか、龍の背中をよく見ていない。
龍の背中に鱗があったかどうかについては自信がない。


371 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:31 ID:DLVlsxsE0
中国には三停九似説があるという。
「九似説」は後漢(AD22〜220頃)の王符が唱えた。
 
九似説 ・・・ 角は鹿に似、頭は駝(ラクダ)に似、眼は兔に似、
項(ウナジ)は蛇に似、腹は蜃(ハマグリ)に似、鱗は魚に似、爪は鷹に似、
掌(タナゴコロ)は虎に似、耳は牛に似る。
 
「三停説」・・・ 宋(AD960〜1122)の羅願曾が唱えた。
頭から前足、前足から後ろ足、後ろ足から尻尾までが等しい。三分割する。


372 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:34 ID:DLVlsxsE0
そのほかの龍の特徴は
 
背中に81枚の鱗(鯉の鱗。9×9=81だが、ほんの少ししかない!)
口のそばにはヒゲがある。ノドの下に逆鱗がある。
その声は銅製のタライを打った時の音。アゴの下に輝く珠がある。
 
→ 巨大な龍なのに鱗が81枚だと。たぶん10センチ四方だよね。
それより広いとしても、これじゃ鱗に気がつかない。 
 
三停九似説もそうだが、実際の龍とはまるで違う。
似ている個所も少しあるが、龍の顔を見ている時点で作り話だとわかる。
→ 中国の龍は作り話であり、まったくのウソ。

373 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:37 ID:DLVlsxsE0
 
朝鮮には「檀君神話」なるものがあり、朝鮮人は熊の子孫らしい。
漢人も朝鮮人も、龍の後裔・日本人とはわけが違う。
 
日本人でよかった(^^)


374 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:45 ID:DLVlsxsE0
国では皇帝のシンボルが龍だったという。
その龍は5本指であり、5本指は皇帝にしか許されない。
朝鮮は4本指であり、日本は3本指らしい。
 
だれの説か知らないが、指の数で、1番中国、2番朝鮮 3番日本という 
イメージ操作がしたかったのだろう。 
しかし、龍に足があったら蛇足ならぬ龍足になる。龍に足などない。
 
龍の顔もそうだが、龍に足があったら、その時点でアウト。
中国の龍(三停九似説)は百%ニセモノだと思っていい。
顔を見せない、足がないのが正しい。

こういった誤りは、龍が漢民族のオリジナルでないからだろう。
龍神信仰はもともと長江文明から生まれたのであり、
それを漢民族が盗作したのだ。
 
龍神信仰の周囲には、蛇信仰や性器崇拝が同時に存在している。
あるいは蛇の敵である鳥信仰である可能性もある。
こういったものがなく、龍神信仰だけというのは不自然過ぎる。
 
漢民族は蛇を食べる。これも漢民族の龍がニセモノである証拠になる。


375 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:48 ID:DLVlsxsE0
民族と民族は常に敵対している。
そのため、歴史の改ざんや、事実の抹殺や、でっちあげ、
イメージ操作などが、日常茶飯事のように世界中で行われている。
 
漢民族による長江文明の抹殺もそのひとつであり、抹殺するだけでなく、
長江文明からの盗作もやっている。龍だけでなく、
漢民族の開祖という伏義とその妻の伝説も長江文明からの盗作だろう。
 
BC1000年頃、漢民族の南下で長江文明が滅びるが、
その担い手が中国から直接、船で日本にやって来た。朝鮮経由ではない。
なぜなら、漢民族が北にいるから、南下するか船しかない。

376 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 01:53 ID:DLVlsxsE0
最近見つけたサイトに「日本人の起源」というのがある。
 
かなり分量があるので少しづつ読んでいるが、
民間の研究者なので読みやすく、そのうえ内容が非常にすぐれている。、
テーマ自体が興味深いだけでなく、龍神信仰の由来にも関係する。
サイトを見ればわかる。伊藤俊幸氏はすごい方です。

少し紹介しよう
BC4000年頃・・・気候温暖期で縄文前期
BC2000年頃・・・冷涼化で縄文後期
BC1000年頃・・・寒冷化、乾燥化で縄文晩期
 
長江文明はBC1000年ごろに滅びる。
その原因には寒冷化という気候変動があり、そのため漢民族が南下。
石器の長江文明は、馬と青銅器の漢民族によって滅ぶと。
 
個人的な補足。長江文明は寒冷化で稲の不作が続いていた。そのうえ
上流の山々の森林が消え、「大洪水」が発生して壊滅的な打撃を受けたの
ではないだろうか。寒冷化で温暖帯系の落葉広葉樹林が消えたのだ。


377 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:08 ID:DLVlsxsE0
日本人の起源は、縄文人と弥生人の二重構造論が通説になっている。
 
母親系統を明らかにするmtDNA分析(Gm)によれば、
日本人の大多数は「北方系」であり、日本が大陸と陸続きだった氷河期に
シベリアからやって来たことを意味する。これが縄文人である。
  
しかし、父親系統を明らかにするヤップ遺伝子によれば、
日本人の場合、D系統と、南方系のO系統に著しい特徴がある。
これは、D系統を持った縄文人と、O系統を持った弥生人が
日本国内で混血したことを意味する。→ 遺伝子レベルの二重構造論


378 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:15 ID:DLVlsxsE0
母親系統の「北方系」だけでは、朝鮮からの渡来を否定できない。
しかし父親系統で見れば、朝鮮にはD遺伝子がないから、朝鮮からの渡来は
完全に否定される。日本人と朝鮮人は違う民族である。
 
では「南方系」のO遺伝子はどこから来たのか。
BC1000年ごろから、稲作技術と高床式住居を持った長江文明から、
船に乗って直接日本に「計画的」に渡来した。
 
水田や稲作技術は日本人が朝鮮に伝えたものである。
その名残りが「任那」であり、日本人は古くから朝鮮半島に強い権益を
持っていたことがわかる。それは「記紀」にも書かれている。


379 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:21 ID:DLVlsxsE0
もちろん例外はある。少数だが南方系の縄文人もいたことだろう。
朝鮮から渡ってきた人もいたことだろう。
しかし基本的に、日本人と朝鮮人は違う民族である。
 
「檀君神話」は中国との国境にある「白頭山」を舞台にしている。
これからもわかるように、朝鮮人は北方系だが、山や陸地の民である。
だからこそ熊の子孫にもなるのだろう。 
 
日本人は大昔から「海の民」である。基本的に、
日本から朝鮮に行くことはあっても、朝鮮から日本に来ることはない。
なぜなら、朝鮮から日本に来る必要性もないし、航海技術もない。


380 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:24 ID:DLVlsxsE0
伊藤俊幸氏のサイト「日本人の起源」によれば、
BC1000年ごろの気候寒冷化のときに、関東東北の縄文人が西日本に
南下した可能性を指摘している。鹿児島、沖縄諸島にも。
そうだとすれば、アイヌ人(たぶん縄文人の末裔)も熊を大事にするから、
九州で熊が地名になったりしていることも理解できる。
 
イザナミは火神を生んで死に、木花咲耶姫は火中で子供を産んでいる。
その子が海幸彦と山幸彦であり、山幸彦は海神の娘と結婚し、
山幸彦が天皇の家系だから、火神信仰と龍神信仰とは関係してそうですね。
桜島や阿蘇や富士山の噴火にも関係? 


381 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:27 ID:DLVlsxsE0
日本の人口推移
 
縄文中期BC6000年ごろ、2万人
縄文前期BC3000年ごろ、10万人
<中>BC2300年ごろ、26万人
<後>BC1300年ごろ、16万人
縄文晩期BC900年ごろ、7万5千人
 
弥生時代AD200年ごろ、60万人へと急増 ← 稲作のお蔭
士師時代AD750年ごろ 540万人

人口推移を見れば、縄文時代に「性器崇拝」が行われた理由もわかる。
早死、食料事情などで、人口がほとんど増加しなかったからだ。
生活スタイルも異なり、縄文人と弥生人は平和に共存することができた。
 
この事情は朝鮮半島も同じ。半島にも人間がほとんどいなかった。
危険を冒してまで日本に来る必要性がまったくない。
だからこそ、日本人は半島に進出し、「任那」を自分の土地にできた。
 
この時代から「竹島」は、海洋民族・日本の領土であることもわかる。


382 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 02:31 ID:DLVlsxsE0
日本の人口推移から、文字が発達しなかった事情も見えてくる。
家族や小集団で暮らしたので、文字の必要性がなかったからだ。
言葉にしても伝統にしても親から子へと直接伝えていた。
 
そのため日本語は、接触した人たちの単語を取り込みながら成長した。
日本語に、ツングース語・アイヌ語・中国語・韓国語・東南アジア系言語・
ユダヤ語などの影響があるのはその結果であろう。
 
そんなわけで、言葉から日本人のルーツを探るのはかなり難しい。
ごく大まかに言えば、文法は北方系、単語は南方系らしい。
・・・ 熊襲人は、熊を襲って、熊を食べる人(アイヌ人)のことかも

人口推移がわかると、龍や蛇の信者数がイメージできる。
総人口の半分としても、その実数はたいしたものではない。
 
ここまでの問題点を考えてみよう。
@ 水田稲作の前、縄文時代に龍や蛇の信仰が存在したのはなぜか。
蛇の飾りがついた縄文土器もあり、諏訪大社のミシャグチは縄文に遡る。
A 龍神信仰は、蛇信仰や性器崇拝に由来するものなのか。
それとも、まったく異なる別個の信仰なのか。


383 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 05:19 ID:DLVlsxsE0
縄文前期BC6000年ごろ、2万人
縄文中期BC3000年ごろ、10万人
 (>>381 前期と中期が間違っていたので訂正しておく)
 
陸稲だが、縄文時代のプラントオパールが見つかっている。
稲の原産地は長江流域だから、その当時、その地域から日本にやって来た
人たちがいたことを物語っている。
 
かれらは、陸稲だけでなく、蛇や龍の信仰を伝えた可能性もある。
蛇や龍の信仰は、北方系の縄文人にとって衝撃的だったかもしれない。
しかし縄文人の一部は、陸稲も信仰も受けいれた。


384 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 05:33 ID:DLVlsxsE0
蛇とネズミの関係から見ても合理的である。水田稲作をやってなくても、
食料(ドングリなど)を土器に保存していればネズミが出没する。
蛇はネズミ対策にありがたい存在だった。
 
長江から来た人たちは、陸稲と蛇信仰だけでなく、刺青も伝えている。
刺青は、長江近辺にいた呉人や越人の風習だったらしい。
日本には、縄文弥生の時代から現代に至るまで、刺青文化が存在する。
 
刺青には、飾りだけでなく、個人の識別という意味があったと思う。
敵味方を見分ける、消すことのできない「しるし」になる。


385 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 05:43 ID:DLVlsxsE0
龍神信仰の由来
 
蛇信仰と性器崇拝はそれだけで成立する可能性が高い。
縄文の人口がまったく増加しないことを知れば、食料の確保と人口増加が
人々の痛切な願いだったのだろう。であれば成立する。
 
では、龍神のイメージはどこから出てきたのか。
やはり蛇をベースにした想像、あるいは大麻などの幻覚ではなかろうか。
夢や瞑想によるものではないと思う。


386 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 06:08 ID:DLVlsxsE0
そうすると龍神信仰の由来は三つあることになる。
 
A 蛇信仰と性器崇拝 → 龍を想像 → 龍神信仰・・・ニセモノ
B 大麻などの薬物 → 龍を体験 → 龍神信仰・・・???
C 夢や瞑想 → 龍を体験 → 龍神信仰・・・ホンモノ
 
Aの場合は、龍に顔や翼や手足がある。ドラゴンや三停九似説もこれ。
Bの場合は、下から龍を見上げているか、恐ろしい思いをする。
Cの場合は、常に上から龍を見ている。龍の頭も顔も翼も手足も見ない。


387 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 06:31 ID:DLVlsxsE0
さて、また周辺国との関係に話を戻そうか。
朝鮮人はもう終わったから、今度は親日的な台湾人にしよう。
台湾人はなぜ親日的なのか、それはすぐに理解できる。
 
日本との合併が台湾人を幸福にしたから → 朝鮮人は恨んでいるのにね
戦後の蒋介石に対する憤り → これでは日本のがよかった
地理的に日本と利害を共にする → 共通の敵は共産党独裁・中国
 
台湾人にも複雑な思いがあるだろう。しかし、日本と共同戦線をはることで
台湾の将来がある。日本も同じ。中国、北朝鮮、韓国を切り捨て、
台湾と運命を共にすることで日本の将来がある。


388 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 06:45 ID:DLVlsxsE0
 
縄文早期BC6000年ごろ、2万人
縄文前期BC3000年ごろ、10万人
縄文中期BC2300年ごろ、26万人
縄文後期BC1300年ごろ、16万人
縄文晩期BC900年ごろ、7万5千人
 
弥生時代AD200年ごろ、60万人へと急増 ← 稲作のお蔭
奈良時代AD750年ごろ 540万人

刺青は明治政府が禁止するまで、アイヌも沖縄もやっていたという。
最近は白人もファッション感覚でやるが、
もともとはアジア各地で行われていた可能性もある。黒人は無理。
 
船乗りは海で死んでもわかるようにやったとか。
この説には妙に納得した。
 
日本の彫り師は腕だけでなくデザイン的にも評判がいいらしい。
龍を彫れるのは日本の彫り師だけだろう。


389 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 07:02 ID:DLVlsxsE0
天皇家の起源については、騎馬民族征服王朝説というのがあったね。
 
騎馬民族征服王朝説とは、朝鮮から日本にやってきた夫余系騎馬民族が、
4C末から5C前半に日本を征服した、という仮説である。

これは江上波夫(1906〜2002)が1948年に唱えたが、
かれの仮説を裏付ける証拠が何もなく、いまや完全に見捨てられている。
騎馬民族うんぬんは、かれの脳内妄想でしかなかった。


390 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 07:06 ID:DLVlsxsE0
水田稲作は日本から朝鮮に伝わったと思うが、
サイト「日本人の起源」〜伊藤俊幸氏は、朝鮮の、日本への影響を重視、
水田稲作は朝鮮から日本へ伝わったと考えているようである。
 
基本的にだが、縄文人が朝鮮半島に渡ろうとしなかったように、
朝鮮人も日本列島に渡ろうとしなかったのではないか。
なぜなら、土地が十分にあり、海を渡る必要性がないからである。
 
弥生人が特殊であり、弥生人は海を恐れない民なんだよね。
古代、船を造り、海を航行するのはきわめて難しい。
船や海に関する相当の知識や技術が要求される。

391 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 07:13 ID:DLVlsxsE0
レプティリアンは四次元(幽界)のトカゲ人、ドラゴンは五次元(霊界)の有翼二足歩行生物
と聞いたのですがそのような理解でよろしいのでしょうかね?
今自分が知りたいのは、翼をもつほうのドラゴンに善い竜は存在するのかしないのかという事なんですが。


392 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 07:18 ID:DLVlsxsE0

748 :おてんば私立学院総長 ◆T7PLTme/rI :2013/03/17(日) 08:50:26.40 ID:ru7FqAux

騎馬民族云々ではなくて、朝鮮の海賊が天皇家の起源であったのかもね。



750 :神も仏も名無しさん:2013/03/17(日) 19:00:01.48 ID:JqndbR1h
>>748
天皇のすごさは仁徳天皇を調べたらわかる。
国民のことを心配する権力者など、世界中で日本の天皇しかいない。
天皇の支配する日本はプラトンの言う「哲人国家」だった。



393 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:00 ID:DLVlsxsE0
朝鮮は昔、唐軍の力を借りて日本軍を破り、
半島の日本領土「任那」を奪った。これがAD663年、白村江の戦いだ。
そして今また、中国共産党と手を組み、竹島を奪おうとしている。
尖閣問題を計算しているのだろう。
 
そのうえ、竹島だけでなく、対馬も自分たちのものだと言い出している。
対馬まで取られてしまうぞ。韓国人は日本人をなめきっている。

なぜこんなことになったのか。
日本は戦後、共産党・日教組の影響下、小中高では日本の近現代史を
省略する方針を採用しているのではないか。

教科書にのっているのに、授業は大正時代ごろで時間切れになる。
歴史は西欧中心、朝鮮や中国との関係など超特急で終了。
古事記、日本書紀などまったく無視されている。
 
今の日本人は、龍神信仰の肝心な部分、古代史と近現代史を知らない。
日本人は歴史を奪われ、日本人としての誇りを奪われている。


394 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:04 ID:DLVlsxsE0
韓国人が大騒ぎしている「従軍慰安婦」もそのひとつ。
 
日本は朝鮮人を日本国民として扱い、朝鮮人の将校も警察官もいたのに、
若い女性を強制連行できるわけがない。暴動が起こるだろう。
そうじゃなくて、親が娘を、売春宿を経営する朝鮮人に売ったのが真相。
 
親は娘にそんな話ができるわけがない。娘は何も知らないで連行される。
ここから強制連行という慰安婦の主張が生まれる。
でもそんな事実はないない。そんな証拠は何もない。慰安婦は売春婦なの。
日本的な温情で慰安婦と表現したのに、かえって仇になったね。


395 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:07 ID:DLVlsxsE0
日本でも身売りがあったんだよ。それが当時の常識。
それに1962年の「日韓基本条約」で戦後補償は完全に終わっている。
補償してほしいなら、韓国政府に請求するのがスジ。
 
1910年の「日韓併合条約」も意図的に歪めている。
これは当時としては画期的なものであり、今で言えばECのようなもの。
日本人も韓国人も台湾人も平等、同じ日本国民だった。合併だよ。
 
それなのに韓国人は植民地にされたと恨んでる。
身分差別が解消し、学校や工場を作ってもらい、短期間に経済成長し、
人口が急増したのに恩知らずな人たち。


396 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:38 ID:DLVlsxsE0
朝鮮にとって、第二次大戦後の重大な挫折は「朝鮮戦争」ではないか。
共産主義者・金日成のせいで、同じ民族同士が争ったのだ。
韓国人はその不幸を日本のせいにしてないか。
 
かりに日本との合併がなければ、いまの北朝鮮が韓国の姿になる。
共産主義者・金一家の独裁と飢餓と収容所ではないか。
それでも韓国は、同じ民族・北朝鮮への思いを捨てられないのか。
 
その思いはわかるが、朝鮮戦争の不幸を日本のせいにしないでほしい。
そうしたいなら金一家の支配に入ればいい。民族の不幸を共有したらいい。
いくら言っても理解できないだろうけど言っておく。


397 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:49 ID:DLVlsxsE0
日本がいくら貢献しても、韓国が中国やロシアへとなびくのは、
その地理的位置と、同じ大陸という民族的な親近感があるのかもしれない。
 
かりに日本につけば、最前線で中国、ロシアと向き合って戦うことになる。
中国やロシアにつけば、最前線は海を隔てた遠い向こうになる。
これがたぶん、朝鮮人の思いの底によどんでいる。
 
だとすると、日本が朝鮮半島に向かうのは方向違いであり、
ましてや漢民族、中国共産党と手を結ぼうとするのは亡国の選択になる。
長江文明が滅びた二の舞。日本は「英米」と結ぶしかない。


398 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:52 ID:DLVlsxsE0
イザナミは出産、海神の娘・豊玉姫も出産 〜 血
木花咲耶姫も出産、昔は産屋を出産後に燃やしたという 〜 血と火
火山の噴火 〜 火
諏訪大社のミシャグチ神 〜 赤蛇、龍神信仰
 
これらから火神信仰と龍神信仰の関係が推測される。
「日の丸」の赤も不思議。太陽なら黄色が正しいはずなのだが。


399 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 10:56 ID:DLVlsxsE0
出産の「血」 輝く「太陽」 調理の「火」
火神とか赤蛇とかはこれらのシンボルであり、
古代人はこれらのありがたさを素直に崇拝したのかもしれない。
ただし二面性があり、血は生死、太陽は寒暖、火は調理と噴火(火災)
 
ゾロアスター教では火を崇拝する。ヒンズー教でも火神アグニがいる。
水(龍神)は陰、火(火神)は陽で、陰陽の関係なのかもしれない。


400 名前: 名無しさん 投稿日:2013/05/10 11:00 ID:DLVlsxsE0
遺跡の発掘などで、天皇家のルーツを調査することは
タブーにしてほしい。わかったところでどうなるものでもない。
日本の国体は、象徴天皇制と国民主権にある。
 
ユダヤ人ではないかと言われている秦氏も同じ。かりにユダヤの血が
流れていても、ユダヤに帰れ、と言われたら不快だろう。
世の中にはそういうバカが必ずいる。



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